Special Novel

9    エピソード9
更新日時:
2003.09.07 Sun.
 午前零時三十分。
「さぁ、メイン・イベント開始や!」
 B・BOXにある双方向リンク端子と自分の情報端末をケーブルで連結、最新のハッキング・プログラムを起動した。過去の実績を蓄積した上に作成されたそれは彼女の最高の自信作である。
 
 現在、ストーカーのB・BOXはこのサイズではべらぼうに処理の早い第4世代コンピュータとしてしか機能しておらず、ラルの見解ではその能力の十分の一も発揮していない事になっている。
 50年前、北米大陸を壊滅に追いやったそれらは無人であり、一体一体が独立して判断を下せる第5世代コンピューターを中枢部に搭載していたとラルは信じて疑わない。軍事評論家は統括する巨大な制御中枢が米国国防省に存在し、ストーカーはそのI/Oポートにすぎないという見解を出している者が99%であるにもかかわらず…である。
 勿論ラルも何の根拠もないロマンだけでそんな見解を押し通している訳ではない。彼女にはそれを確信させるだけの根拠を持っているのだ…。
 それは当時のEU及び、中、露が下した核攻撃にある。
 もし現在の軍事評論家のいう通りのシステムならば米大陸全体に戦略核攻撃を行う必要はない筈だ。局地用戦術核の使用、あるいはもっとおとなしく工作員を送り込むなどして制御中枢を破壊、あるいは無力化してしまえば済む。それを行わず安易に『最後の切り札』に手を付けるとは思えない。手を付けたからにはそれ以外の選択の道を閉ざされたと考えるべきだろう…つまり北米大陸の全ストーカーを一体残らず破壊し尽くす必要性に刈られたのだ。そうなるとストーカーは単独で判断し行動できる能力を持っていたと考えた方が合点がいくのだ。おそらくストーカーの中には『核搭載型』も存在したにちがいないのだから…。
 無論、ラルの確信している根拠を一笑のもとに伏せられるだけの理由付けは、軍事評論家達によって多数述べられてはいる。それらについてはここで述べるとキリがないので省略するが、その全てが苦し紛れのこじつけとしか思えないのだ…無論彼女の主観上での話しではあるが…。
 さらにこの件に於いて不可解な事実もある。
 『悪夢の一週間』から現在に至るまでたかだか半世紀…にもかかわらず、核攻撃の決定に関わった人物は一人として存命者がいない。記録すら全く残っていないと公式にはされているのだ。いくら『悪夢の一週間』の後に起こった気象、経済の大混乱が過去の社会科の教科書を役立たずにするほどの変革を招いたとはいえ、あまりにも不自然すぎる。
 以上の理由からラルは、ストーカーには封印されたオーバーテクノロジーがあると推測し、このB・BOXを見てそれを確信していた。
 
 ハッキング・プログラムを起動して約3分が経過した。
 ラルの表情が、状況が芳しくない事を告げている。
 以前の解析で巧妙に不可視属性を与えられていたファイルを発見していたのだが、こいつのパスワードプロテクトが破れない。
 リアルタイムに変化する乱数にそれを解析するスピードが追い付いていないのだ。
 処理しきれない乱数情報は、食う速度が追い付かない“わんこ蕎麦”のようにどんどんメモリに盛られてゆき、やがてそれは許容量を突破して機能を強制停止に追い込んだ。
「だぁ〜っ!!これでもあかんのんかい」
 思わず頭を掻きむしる(これを沙希江の見ている前でやると『みっともない』と必ず怒られる)。
 プログラムは完璧に起動している。
 あきらかにハードウェアの処理速度の限界である。
「やっぱ、アレやらにゃアカンのかぁ」
 そう呟くと断熱剤に包まれた小さなカートリッジを取り出し情報端末の収納スペースにセットした。
 
 ラルの情報端末はハッカー内で“オーバーブースト”と呼ばれている改造を施してある。これはMPUの処理速度を3倍に増幅させるものなのだが、MPUが異常加熱を起こし生半可な冷却では熱暴走どころか発火してしまうのだ。
 つまりカートリッジの中身は冷媒である液体窒素なのだ。
 このくらいの冷却剤がないと危ない位の代物で、勿論一般市場で流通している物ではない。しかし、それですら稼働時間は僅かに5分、それ以上は半導体が耐えきれないのだ。
 ラルはこの情報端末だけで¥100万近くの金を注ぎ込んでいる。アレを使って一つ間違えればこのシステムが全てオシャカになる。それに液体窒素の購入もけっこうむずかしいので、めったやたらには使いたくないのだ。
 
 だが今回はB・BOXの秘密に触れる好奇心がそれを凌駕した。
 
 情報端末の脇にある小さなスイッチをラ3に入れる。
 そしてプログラムを実行……。
 水を試験管内で煮沸させたような音と急速な膨脹で激しく吹き出す窒素ガスの音がけっこう騒々しい。
 ……2分……3分……以前ほどでは無いが、やはり処理しきれない乱数情報が次第に蓄積されていく。
 果たして5分以内にこの乱数パターンを全て解析し、本命のパスワードを引き出せるかどうか……でなければ“もとの木阿弥”である。
 ……4分30秒、解析完了の文字表示。
 SRAMに保存確認後、即座に電源を切る。
 ………全く冷汗物だ。
 窒素ガスの蒸気音が次第に収まり、余剰の冷気が液晶を凝結させ、画面を真っ白にしていく。これがもとに戻るまでは起動しても画面が映らない。これもこのシステムの副産物といってもいい。
 内部温度が常温に安定してから、モードを通常に切り替え、再起動をかける。
 SRAMに保存したパスワードを引き出し、ハッキングを試みる。
――緊張の一瞬――
 ディスプレイウィンドウに第5世代コンピュータの片鱗を覗かせるファイルが展開された。
『うっしゃ〜〜っ!!侵入成功〜っ!!』
 ラルはガッツポーズをとりながら、思わず絶叫していた。
 これが病み付きになった者がハッカーと呼ばれるようになるのだ。
 不可能と呼ばれている物への挑戦、
 それを征服した時の達成感、優越感
 …さながら奴等はサイバー空間の冒険者と言えなくもない。
 
 午前零時50分……ラルにとって最も充実した時間が始まろうとしていた。
 



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