Special Novel

8    エピソード8
更新日時:
2003.09.07 Sun.
 午前零時
 …薄ぼんやりとした明りに照らされた壁に映える“節電”の文字が無言の圧力をかけたかの様に、ハンガー内の照明は必要な場所だけに絞られていた。
 そして、『ヴォルク』はその照明の下にあった。
 このすさんだ環境に、奴―ヴォルク― は美しく映えていた。
 それは、元々軍事目的で製造され、いずれ戦場で朽ち果てる宿命を背負った悲しい美しさ…兵器の持つ哀愁というものだろうか?
 だが、残念ながら現在ここにいる唯一の人物は自分のするべき事に集中する余りに、そんなロマンに浸れる時間的、精神的余裕を持ち合わせてはいなかった。伊集院あたりならこの風情を理解できたかもしれないが…
 
「おーしセット完了。後は起動テストやけど、夜中に外でてストーカーぶん回すんは近所迷惑以外の何物でもないわなぁ。あとは明日にしよっかなぁ」
 大きく背伸びをして、首を2〜3度振り回し、そんな事を呟きながらもラルは1つの葛藤を抱え込んでいた。
 
  ―ブラックボックスの解析― ストーカーに存在する謎の一つ、この弁当箱大の大きさの金属の器はストーカーの制御中枢を担っていて、構造もメーカーも一切不明、解体もできず、いかなる放射線をもってしても透過できない。この電子機器の謎を解くのが彼女のライフワークの一つになっていて、そして今回の修理ははじっくりこいつを解析するのにもってこいの時間を作ってくれた訳である。
 
 だが、ラル自身も働き詰めで少なからず疲れていた。 睡魔もこの2〜30分位前から誘惑のレベルを強めているし、いいかげんにして寝てしまおうかという意識が彼女の精神の大半を占めていた。
「このタイミングを逃すと今度いつこんな絶好のチャンスが訪れるか分からへんしなぁ。ほやけど、ブラックボックスの解析は先送りにしたかてだ〜れも困らへんし、ええかげんバテたしなぁ……やっぱやめよかなぁ」
 こんな事をつぶやいているそんな時、建て付けの悪いハンガーの通用口を開ける音がして、沙希江が中に入ってきた。
「ラル、コーヒーいれてきたよ、一息入れましょう」
 沙希江はコックピットの前まで来るとそういって、テーブル替わりにしているケーブルドラムにコーヒー入りのサイホンとカップを並べた。
「あぁ、おぉ〜きに。すぐ降りるわぁ」
 そういうと2m以上あるコックピットから軽快に飛び降りた。
「ご苦労さま。まだかかるの?」
 カップにコーヒーを注ぎながらラルに聞いた。
「え?!あ、ん〜と……もうちょいかかるかなぁ」
 コーヒー・ブレイクのつもりでわざわざ来てくれた沙希江を道化にするわけにはさすがにいかず、『もう上がるとこ』とは口に出せなかった。…こうしてラルの葛藤は自動的に解消された。
 
――ラルは少しだけ沙希江を恨んだ――
 
「んで、沙希江はん…もてなしを受ける立場であつかましいんやけど、なんでコーヒーなん?」
 インド生まれのラルは当然ながら紅茶党である。
「あ、ごめん。湯沸室の棚に安いティーバッグしか置いてなかったの。安物の紅茶をだすと、いつもラル機嫌悪くするじゃない?だからコーヒーにしたんだけど………。コーヒーは来賓用に置いてあるキリマンジャロにしてるからこっちの方がいいでしょう?」
「ん〜、まぁそやけど………………あ、沙希江はん、茶っ葉やったら王龍のロッカー開けたらいっくらでも出てくるで、おぼえとったらえわぁ」
 文句をつけながらもしっかりコーヒーには口を付ける。
「そうなの?」
「うん、さすが香港人やでぇ。緑茶、紅茶、烏龍茶、各種取り揃えて置いてある。いつやったか“お茶と女性とは死んでも妥協せんで〜”とかぬかしよったし…あの飲茶男は」
「でも、勝手に使っていいの?」
「かまへんて、バレた所で沙希江はん相手にアレが怒るかいな。どうせ“いいって、いいって、いくら使っても構わないよ〜”…な〜んて色目使いながら言うだけやろうし」
「はぁ………」
 なんと返答すればいいか沙希江には分からなかった。



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