Special Novel

7    エピソード7
更新日時:
2003.09.07 Sun.
 午後8時30分…通常より1時間以上遅れた、ラルだけの夕食となった。
 パーツ保管庫の隅で、沙希江の急ごしらえのサンドウィッチに食い付くラル。最初の夕食をすっぽかされた事もあり、豪快といっていい食いっぷりである。
 
「ごめんなさい。ついうかれちゃって肝心なこと忘れちゃってた」
 沙希江も申し訳なさそうな表情でラルに話しかけた。
「…ん?!あぁ、別に気にせんでも…逆に申し訳ないんはウチの方やさかい。妙にヒンドゥーの戒律にこだわらんかったら、わざわざ沙希江はんに…こぉやって二度手間掛けんでもすんだ訳やし…」
 返答しながらもサンドウィッチに伸ばす手は休めない。
 
 ラルは、敬けんなヒンドゥー教徒である母親に小さい頃から厳しく躾られて育ったせいで、戒律を骨の髄まで刷り込まれてしまっているのだ。
 
「最近は宗教の戒律に従う人の方が珍しいんやから、そんな申し訳ない顔せんといてぇな。インドにもステーキハウスはあるし、中東でもトンカツが食えるご時世なんやから、ほんま」
「………」
「それに、沙希江はんの料理やったら格別の御馳走やん。むっちゃ美味いでぇ…お世辞抜きで」
「…ありがとう」
 ここまでいわれると沙希江も和んできたらしい…笑顔が戻ってきた。
「ねぇ、ラル」
「うん?」
 サンドウィッチをくわえたまま、振り向く。
「時々思うんだけど…ラルって男の子に生まれてくれば良かったんじゃないかなぁって、…ごめん。失礼だったかなぁ」
「…うんにゃ、んなことないで、ウチもそう思わんこともないし」
 手に持っていたサンドウィッチを口の中に一気に押し込むと話を続けた。
「日本におるとあんまりピンと来んやろけどなぁ、インドは男と女の人権格差ってものすごいんや。女はよっぽどええトコの生まれやないと仕事もろくなモンに就けへんし賃金もアホみたいに安いんや。ひどいトコやと貧乏な家では子供生まれた時に女の子やったらすぐ殺してまうようなとこもあるんやで」
「…うそ?!」
「なにしろ8億も人間がおるからなぁ、いちいち管理しきれんもん。そのくらいやってもバレん事の方が多いんや。…これがインドの一つの側面。んで、女として生まれたウチとしてはインドにおっては立身出世もままならん…と、まぁこうして日本におる訳や」
「……」
「でも男に生まれとったらずうっとインドでやりたいことやっとるやろし…あ、それやと沙希江はんに会うこともないから、絶品の料理を口にすることも無い訳やなぁ…それやったら人生半分捨てるようなもんやし、やっぱ女に生まれてよかったわぁ」
 この言葉に深刻な顔をしていた沙希江もさすがに吹き出した。そして笑いは笑いを誘発し、大きな笑いとなってパーツ庫を埋め尽くした。
 
「おや、お二人さん、賑やかなことで」
 そんな中、おもむろにジャンクが扉を開けて入ってきた。
「あ、先輩、そっちもうあがりなん?」
「ああ、機械的に壊れたパーツはほとんど無かったからね」
「そんじゃ、おつかれさ〜ん」
「ほいほ〜い。あ、それとジョニーさんから伝言…あんまり根をつめてやらなくても明日に持ち越してくれればいいって」
「ほやけど、その間『ヴォルク』全然動かへんで。ええんやろか?」
「そんなにしょっちゅう出動があったらたまんないよ。それに動いたところで権蔵さんの始末書が増えるだけだからしばらく動かない方がいいってさ」
「…納得」
「そんな訳だからあんまりムチャしないでね〜」
 語尾に若干脳天気な雰囲気が見られるのは彼の元来の性格からだろう。
「ほな、お疲れ〜」
「おつかれさま・」
 二人の声に送られるようにしてジャンクは部屋を後にした。
 
「さぁて、もうひと働きすっかぁ」
 沙希江の作ったサンドウィッチを残らずたいらげて立ち上がると、ボード修理のデスクに座った。
「先輩も言ってたけどあんまり無理しないでね」
「うん、それより沙希江はん、そろそろ家帰ったほうがええんちゃう?夜中になるとこの辺、明りも少ないし以外と物騒やで」
「ラルはどうするの?」
「う〜ん、途中やめにするにしても納得いくとこまでやらんと気が済まんしなぁ…夜中過ぎるなぁ多分、それから家帰るんも大儀やし…ここで泊ろ思うてる。学校の準備は朝一で帰ってからで多分間に合うやろ」
「…やっぱりそうなんだ」
「やっぱりそうって…なんなん?」
 理解に苦しむラルに沙希江が少し人の悪そうな笑みを浮かべた。
「実はそうなるんじゃないかな…って思って、着替えと明日の学校の準備を済まして持ってきてあるの。勿論、ラルの分もね」
「………」
 この手際の良さにはラルには何も返す言葉がなかった。
「それじゃ私、宿直室にいるから」
 そういうと沙希江も立ち上がり、そそくさと後片付けを済ませると部屋を出ていった。
「……参ったなぁ」
 …結城家の住人はたまに突飛な事を考え付く。不満は全くないがこういうときは些かならず頭が下がる。……が、
「…ま、これも日頃の行いの賜物や思うてせいぜい頑張ることにしよ」
 両手を合わせて一つ拝むと、パーツの修理に取りかかった……この頭の切替の早さと図々しくもポジティブな点が彼女の個性といっていいだろう。
 
 



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