Special Novel

6    エピソード6
更新日時:
2003.05.02 Fri.
 午後5時、アクア2高の正門付近
 いかにも『官給品』というジープが一台、その職務権限をこれ見よがしに誇示するかのように駐車禁止の標識の下に停まっていた。
 その中では一人のMASH隊員がダッシュボードに足を投げ出した格好でシートに身体を預けている。
 
 この香港人『羌 王龍』は、中国人民警察から派遣されてきた研修員なのだが、研修先の至る所で女性問題を引き起こし、あらゆる警察署をたらい回しされた挙句に、MASHに漂れ着いたという いわく付きの人物である。
 そんな彼がこの“学校のパトロール”という一見退屈極まりない任務に率先して就いている最大の理由は『女子高生とお近付きになれる!』というあまりにも単純な下心からでしかない。 ただ、今回に限っては別の理由がないわけではないが…。
 
「おっ、沙希江ちゃ〜ん」
 下校中の似たような姿をした多くの学生達の中から瞬時に沙希江を発見し、シートから手を振った。
 沙希江もそれに気がついて、小走りでジープまでやってきた。
「こんにちは羌さん、お仕事大変ですね」
「いやぁ、これも任務だしねぇ。あぁ、宮仕えの悲しさよ…」
 心にもないことを口走る羌。
「ごくろうさま、それで何かご用ですか?」
「あ、いや実はラルちゃんに頼みごとがあったんだけど…今日、いないの?」
「え? ラルだったらジョニーさんの呼び出しをうけて2時間ほど前にMASHに行っちゃったよ」
「あいゃ〜行き違いアルか?こりゃまいったね」
 台詞とは裏腹に羌には焦燥感など微塵も感じられず、陽気にエセ中国人の真以などかましている。
「おあいにくさま」
「ま、MASH戻ればラルちゃんに会えるわけだから問題なし…か。沙希江ちゃんはどうすんの、これから?MASHに行くんだったら乗っけてくけど」
「あ、ごめんなさい。今日はちょっとお家に先に帰らなくちゃならなくなったから」
「あぁっ、沙希江ちゃんも…つれないなぁ、今日も全滅かぁ」
 羌の声に哀愁が漂う。
「どうもすみません…で何が、『今日も全滅』なんですか?」
「あ、あ〜はははっ何でもない、何でもないのコトよ」
「はぁ?」
「さ〜て、羌ちゃんはもう一働きしよっかなぁ。そんじゃあね沙希江ちゃ〜ん」
 そういうと車のイグニッションを回すとあわただしく発進していった。
 
 沙希江は、羌の下心以下の部分をついに理解できず、しばらくその場で呆然と立ち尽くす事となった。
 
 
 午後7時…結城家の門限である。
 7月の太陽は水平線に没してなお未練がましく西の空を赤く染めていた。
 
 あれから修理班はどうなっているかというと…未だ激闘中であった。
 ジャンク、富山組はハンガー内で『ヴォルク』の掃除のためにバラした関節部の組み立てに入っていた。今回は海に転落したこともあって機械的な損傷はさしてなかったこともあり、作業は至って順調。
 一方ラルは『ヴォルク』の故障した電装品を取り出してパーツ保管庫の片隅にある机で修理に入っていた。ア−ムライトに照らされた修理品に向き合い、小さな眼鏡を鼻に掛けて(ラルの眼は遠視が入っている)、ICピンセットと半田ゴテを使って壊れているIC類を抜き換える。
 こういった細かい作業は短気な割には意外と得意で、2〜3時間位ひたすらやり続けることもしばしばあった。
 
 7時5分前後…けたたましく開けられたドアの音で、ラルは自分の世界から引き戻された。
 
「ラル姉ェ、いるかぁ」
 やかましい位に元気な声が直後に発せられた。言わずと知れた彼方の声だ。
「なんや彼方ぁ!小学生がこんな時間に、 んなとこでなにさらしとんのや!」
 こういう時のラルの機嫌は、低血圧の人の寝起き並みに悪い。
「保護者同伴!…それよりさぁ、晩ゴハン手伝ってくれよぅ。オレ、腹へっちゃってもう死にそうなんだよぅ」
「あん?ちょっとまちぃ。どーゆー意味やそれ?」
 少しあわてた感じで椅子を引き、彼方に向き直る。
「だからぁ、今晩いきなり母ちゃんがMASHのみんなと食事するって言ってさぁ、いまさっき車で着いたとこ」
「はん?…」
 余りにも突飛な事実を確認して、さすがに言葉を失う。
「とにかく、晩ゴハン作ってくれんの手伝ってくれないと、いつ食べられるか分かりゃしないんだよう」
 事が食べ物だけにかなり切実な表情の彼方。
「あ、ああ、わーったわーった。もうちょいしたらそっち行くさかい」
 そういうと机に向き直る。
「だめ!」
 彼方の間髪入れない返答に前のめりに姿勢を崩すラル。
「なんでや!」
 また彼方の方ににふりむく。
「ラル姉ェの“ちょっと”って、いっつも2時間位かかるじゃんか!」…これはまぎれもない事実である。
「おのれがいっつもウチの邪魔ばっかりするからやん、ちっとはウチのためになる事やってみぃ」
「なんだよそれ!おれだってありとあらゆる事で力になってんじゃんか。今日だって、ラル姉ェのコンピューター、ぼーそーしてたからちゃーんとスイッチ切っといてやったんだぜ」
 
「……なんやて」
 ラルの動きが止まる。
「だからぁ、コンピューターのテレビのスイッチ入れたら変な模様が不気味に動いてたから、これはぼーそーしてるって思ってコンピューターのスイッチ切っといた」
――沈黙10秒――
「 か〜なた〜ぁ!!」
「な、なんだよぉ。」
 ことここに及んで彼方も事のヤバさに気付いた。
「あれほど、あれほど、あ〜れ〜ほ〜ど勝手にウチのパソコンさわるなとゆーとるやろうが!!」
 ゆっくりと彼方ににじりよるラル
「だって、コンピューター…」
「それは暴走ちゃうわ!!せっかくの4次元フラクタルのCGを…あれ描き上げるんに3日はかかるねんで!それをぜ〜んぶパァにしよってからに!!!」
「はは…ははは…」
 彼方が2歩ほど後ずさる。
「待たんかいおんどりゃぁ!今日と言う今日は許さへんで!!」
 脱兎のごとく逃げ出そうとした彼方を寸前で捕らえて、お仕置きの定番をかます。
「わぁ〜やめろーっ!やめて〜っ!やめて、くださ〜い!」
「やかましいわい!!よう考えたら、おのれなんでパソコンモニタの電源入れたんや!おーかたこっそりゲームでもしよとおもうとったんやろが!」
「ぎゃははははっ、ゆるして!!お願い…しますぅ〜ひいぃぃ」
「どないや!ちがうかぁ!」
「ぎゃはははははっ、そっ…そうですぅ。おっしゃるとおりでございます」
「そっかぁ、ほな…制裁続行!!」
「うんぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
 そんなドタバタを二人がやっている最中に、ラルの背後で扉が開く音がした。
「ラルぅ、かなたぁ、ちょっと何してるの?早く手伝って……」
 扉を開けて入ってきたのは沙希江だった。
 沙希江はラルと彼方がなにかもめている…というのは扉越しに聞こえる会話から分かってはいたが、扉を開けた直後に目の当たりにした二人の絡み ――ラルが彼方の両の足を掴み、その股間に自分の右足を突っ込んで突っ張っている姿勢―― にさすがに絶句した。
「へっ?!」
 予想外の訪問者に振り返ったラルは、思わず掴んでいた彼方の足を放した。その隙に脱出に成功した彼方は、沙希江と扉の隙間を神業ともいうべき素早さでくぐり抜けていった。
 
「ラル、女の子なんだからあんまりはしたない事はしないでよね!」
「たはは…、わりぃ悪りぃ、」
「…んもぅ」
 ラルのあまり聞いている様には思えないそぶりに沙希江は少し不機嫌な顔になった。
 
「んで、本題なんやけど、どーゆー風の吹き回しなん?突然家族総出で、こっち来るなんかゆうて」
「その原因はラル、あなたなの」
 半ば呆れた顔で沙希江が答えた。
「あん?」
「ラルが夕御飯までに帰れないって電話したでしょ?だから深幸ママが、結城家の食卓ごとこっちへ持って来ちゃったってこと」
「あっちゃ〜…そうなん?」
 
 ラルもさすがに面食らった。確かにこれなら葛藤を最も合理的に解消できるが、普通はそこまでこだわる人はいないものだ…、つくづく深幸さんには頭が下がる。
「でも、お父さんも出張してるし、みんなで野外パーティのほうが私は好きだから別に構わないけど…それより一緒に来て手伝ってくれる?バーベキューだから材料の仕込みも簡単だし」
「うん、わかった。ほな、すぐいくわぁ」
「じゃ私は、署に行ってみんなを呼んでくるから」
「分かった。ほな、また後で」
 沙希江が部屋を出た後、ラルも腰を上げ、服に着いた埃を払った。
「晩ごはん晩ごはん。なるほどなぁ、バーベキューやったら材料ブツ切りにして串に刺したらおわりやもんな。そりゃウチでも出来るわなぁ…………………………て、ん?バーベキュー?!」
 
 イヤな予感がラルの頭をよぎった。
 
 さて、ロッカールームでTシャツに着替えてから広場に出てみると、深幸さんが一人材料の仕込みに追われていた。先刻ラルの所から逃げ出した彼方は、別のところで犬のラッキーに振り回されていた。
「深幸のおばちゃ〜ん」
「あら、ラルちゃん、忙しいのに御免なさいね」
 苦境に置かれたとしても決して曇ることのない笑顔がラルに返ってくる。
「な〜んもわざわざここまでやらんでも…」
「そうかもしれないけど…でもね、これは家訓を守ってほしいからじゃないの。ラルちゃんの年齢でこんなに無理してると、体に決していいとはいえないでしょ?だからせめて食事だけは規則正しく、しっかりと採ってほしかったの。わかってくれるかしら?」
「そ〜かなぁ。無理は出来るうちにやるもんやと思うんやけど…」
「理屈を言わないの」
「へ〜い」
 深幸さんの言う事の方が理にかなっているので、ラルもさすがに言い返す口の先が鈍る。
「で、沙希江はんから聞いたんやけど、今晩バーベキューなんやて?」
「ええ、署員の皆さんとかも、たっぷりスタミナを付けてもらおう…って思いっきりふんぱつしたのよ」
「それはええんやけど…その『ふんぱつした』っていうのは何?」
「それはもちろん牛肉…」
 …深幸さんは大事な事を思い出したようで、両の手で口を覆った。
「おばちゃん………ウチ、牛がダメなん………ひょっとして忘れてたん?」
「………………………………………………………………あら?」
 ラルの悪い予感は見事に的中した。
 



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