Special Novel

5    エピソード5
更新日時:
2003.05.01 Thu.
「そんじゃぁいきますよ〜。せぇーの」
 ジャンクが掛け声と共に関節シリンダーのメインバルブを開いた。
 
 『ヴォルク』は関節部のシリンダーの動作に圧搾空気を使っている。この事により、素早い動きと具合の良いサスペンションの動作を可能にしている。点検時、この空気を抜くことにより強制的に機体をしゃがみ込ませることが出来る訳だ。
 
 水交じりの空気が音を立てて吹き出し、ゆっくりとストーカーがしゃがみ込んでいく。この様子を「空気の抜けたビニール人形みたい」と表現したのは沙希江だったか、その弟の彼方だったか…?いい得て妙である。
 
 停止したストーカーの前に脚立を立て掛け、ツナギ姿のラルがキャノピーの強制解放レバーを引く。フックが外れ、スプリングと油圧シリンダーの働きで静かにキャノピーが開く。
「うぇ、なんか嫌やなぁ。髪の毛、におい付いてまうわぁ」
 ラルが悪態をつくほどにむせかえる、潮の臭いが一気に解放された。
 深呼吸を2回…。
 意を決してコックピットに飛び込むラル。
 最初は露骨に臭いに辟易した顔でコンソールに向かい作業に入ったが、3分もすれば、
籠っていた空気も抜け、またラル自身『自分の世界』に入っていった為、特に気にする様子もなくなり、次第に鼻歌まで混じってくるようになった。
 手早くリンクケーブルを自分の情報端末に接続、チェッカープログラムを起動する。
ダミーシュミレートを行い動作不良のボードを洗い出してみると出るわ出るわ、情報端末のディスプレイはトラブルを示す赤い文字で埋め尽くされた。
「おっちゃーん!ほい」
 ラルは、プリントアウトされた報告書を手早くクリップボードに挟み込み、コックピットから投げ落とした。
 拾い上げたクリップボードを見た富山はその膨大な量にさすがに眉をひそめた。
 十秒ほど思考し、意を決して口を開く
「…ラルちゃん。まことに言いにくい事なんじゃが」
「なに?おっちゃん」
 コックピット内で動作不良のボードの撤去作業をしながらそちらを向くでもなく、答えた。
「このボード…、修理できんか?」
――沈黙2秒――
「えぇーーっ!」
 富山の意外な注文に、すっとんきょうな表情をしたラルがコックピットから体を乗り出した。
「キット交換だけやないの?おっちゃ〜ん」
「ん、あぁ。そうしたいのは山々なんじゃが…」
 富山の顔が曇る。
「可能な限り再利用してもらいたいんじゃ」
「あぁ、そっかぁ。在庫、厳しいんかぁ…」
 遠い目をするラル。
「すまんな」
「そやけど、稼働率4割切っとるボードとか、消耗パーツとかはちょっとカンベンしてほしいんやけど…」
「ああ、わかった。その分は廃棄してくれて構わんよ」
 
 特殊なパーツの多いストーカーは、リペアパーツ等を年度始めに予算を目一杯使って大量発注する。こうやって可能な限り購入コストを下げるという涙ぐましい努力をしているのだが、その努力も『焼け石に水』というくらいの大量消費がこのところ続いていたのだ。
 
 力なくシートに体を投げ出すラル。そのままあぐらをかいて頬杖をつき、その上にいかにも困ったという顔を盛り付ける。
 
 それは仕事量が3〜4倍に膨れ上がったという不満から現れたものでは無く、別の理由から起因するものだった。
 
 と、いうのも結城家には『家族揃って夕食を採る』という沙希江の母親(正確には義母)のつくった家訓がある。自ずとそれが門限となり、おおよそ午後7時ぐらいには帰っていなくてはならない。破ったところで罰則がある訳ではないのだが、心に氷の楔を打ち込まれたような気持ちにさせる沙希江の母親の、悲しげな表情や仕種を一度体感すると、二度と破ろうなどと(少なくとも3人と1匹)は思わなくなるのである。
 実際、この仕事ををこなすとなれば午後7時に帰るどころか徹夜仕事だ。
 
「へっ?!マジですか?」
 外からジャンクのすっとんきょうな声がする。恐らく外で自分と同様の注文を受けたのだろう…と、ラルには予測が付いた。
「センパイは一人暮らしやからまだええわなぁ、門限ないから…」
 と、独り言をつぶやいた。しかし、ぼやいた所で事態が好転する訳もなく、ためらいながらも居候先に電話を入れる…。
 
 呼出し音7回目で受話器が上がる
 
「はい虹乃…じゃなかった結城で〜す」
 やたらと元気な声が返ってきた…彼方の声だ。“三ッ子の魂百まで”の諺の1例というべきか、3年経ってもなお旧姓が頭から離れないらしい。
「あぁ、彼方かいな、ウチやウチ」
「あ、はいはい、ウチさんですねぇ」
 とぼけた口調が鼓膜を通過し、ラルの神経に巣くっているカンの虫を目覚めさせた。
 一瞬眉間にシワが寄る。
「どつくぞ………」
「あははは、そんなに怒んなくてもい〜じゃんか。で、何?ラル姉ェ」
『絶対に殺したる』そんな気持ちをぐっとこらえて本題に入る。
「深幸のおばちゃんは?」
「隣に回覧版届けにいった」
「いつ?」
「15分前」
「んならあと45分は帰ってこんなぁ…」
「うん、」
 露骨に不機嫌な声が返る。
 ラルが一つ溜め息をつく。
 
――結城家の隣に居を構えるところの御夫人は極めつけに饒舌な事で有名で、一度街角で出喰わそうものなら悠々20分は会話に付き合わされる羽目になる。さらに、彼方の母親である所の深幸さんが、これがまた何の苦もなく聞き入ってしまうので、当御夫人にいたく気にいられており、結果として彼女の長話を助長してしまっているのだ――
 
「彼方ぁ、伝言頼めるか?」
「なんかくれる?」
「ほな、ゲンコツ1発でどゃ?」
「いらない。で…」
「今MASHにおるんやけど、ストーカーの修理でハマッてしもうてな、7時には戻れそうにないんや」
「それってマズイんじゃないの」
「せやかてなぁ、帰れんもんは帰れんのや。これも世界平和のための一歩やさかいなぁ」
「…ふ〜ん」
「なんやその含むようないぃ〜かたは」
「ラル姉ェ、世界平和考えるんだったらさぁ、まずお隣りのあのクソババァを退治してくれよな。その方が遥かに世界平和になるんだけどなぁ」
「…管轄外、ウチの仕事やない」
「あぁ〜っ、ひっでぇ〜っ。悪を選り好みする気か〜っ。あのオバタリアンのおかげで一人のかわいい男の子がフトーにキンカンされてるんだぞ!」
「だれが不当に監禁やて?留守番位でなにぬかしとるんやアホゥ。ええな、伝言頼んだぞ!」
 一方的に通話を切る。このままいつ終わるとも知れぬ漫才を続けていられるほど暇な身分ではないのだ。
「さ〜て、言う事はいうたし、門限破りの件はこの仕事片付けてから考えよ」
 と、まあとりあえずふっ切れると、本来の仕事に没頭しはじめた。



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