Special Novel

3    エピソード3
更新日時:
2003.05.01 Thu.
 午後3時、放課後のアクアシティ第二高等学校の校庭…
 野球部の練習場のベンチにいたラルの制服の胸ポケットで『六甲おろし』のメロディがアラーム音で奏でられた。
 彼女は、各野球部員の諸元データを読み出していたクリップボード型の情報端末を、作業途中に水を差された腹立たしさと一緒に自分の脇に置くと、白地に黒の縦縞が入ったカード型のPBを取り出し、小さなディスプレイに表示されている内容を確認する。
 
 ディスプレイには何も表示されていなかった…。
 
「署からの呼び出し?」
 ベンチのすぐ隣にいたラルの友人であり、彼女の居候先の家主の娘でもあり、警察庁の本部長の娘でもある結城沙希江がラルのPBを覗き込みながら聞いた。
 
 沙希江もMASHの理解者の一人である。彼女はMASHの組織のさらに上に位置する立場の自分の父に頼み込み、父親の本意不本意にかかわらずMASH署内の事務、雑用等のアルバイトをしている。
 
「うん、そうみたいやな。あそこの電話、前世の遺物のダイヤル回線やからメッセージ打とうにも打てへんしなぁ」
 そういうと彼女はリュックから携帯電話とコネクターケーブルを取り出すと、手際良く情報端末に接続し、ネットワークサービスのACNC(アクアシティ・ニュース・クリップ)にアクセス、適当な企業を選んで検索ウィンドゥを調べ、目当ての記事 ――今朝から現在までに放送、掲載されたMASH関係記事…あまりにも掲載回数が多いため専用の検索ウィンドゥができている―― をロードした。
 
 “MASH MTMと海水浴”…最初の見出しで二人の閲覧者は、今回の呼び出しの理由がおおむね理解できた。
 “本日正午頃 市内南第2区において広域テロリストグループ、MTMの機動兵器による破壊活動がありました。SLICE、MASHの両治安維持組織は激しい銃撃戦の末、ほとんどを破壊、一機を第六埠頭に追い詰め捕獲を目論んだものの、MASH所属の一機のFGが独断で突撃し、格闘の末、埠頭より共に海中へ転落しました。MASH所属のFGは回収に成功したものの、MTMの機動兵器は海中の中央構造線下の断崖 推定海面下約1000mに没したものと思われ、捕獲を断念、作戦は最終段階に於いて失敗に終わりました。今回も連携を欠くMASHの行動が目に付く結果に終わり、組織の存在を問題視する声がいっそう強まっております。”…以上の記事が例のサルベージされた直後の情けない『ヴォルク』の映像と一緒にテキストウィンドウに表示された。
 
「………」
 彼女たちの推測が確定に変化した直後、二人は顔を見合わせて大きな溜め息を付いた。
 
「ラル、どうするの?」
 沙希江が心配そうに今後の先行きを伺った。
「行く。富山のおっちゃん、頭かかえとるやろうし」
「私も行ったほうがいい?」
「野球部ほおっといてええんかぁ?」
「え、あ…そうか」
「ええで別に、一緒に来んでも。どうせ『ヴォルク』の修理のことやさかい、沙希江はん居ったとこで、手持ちぶさたなだけやろし」
「それに…」
 ラルはグラウンドにいる、野球部員たちを見ながら、
「がんばって、甲子園行ってもらわんとなぁ…な、マネージャーはん」
「あ、うん。そうだね」
  2095年現在でも夏と春の2回、高等学校野球大会が存在し、国民の注目の的になっている。今年で177回(50年前のあの混乱期でさえ中止されなかった)を数える夏期大会の予選に“アクア二高”もエントリーしており、今のところは順調に勝ち進んでいた。
「ほな、行ってくるさかい…あ、これ部員全員のスケジュールメニューな」
 そういうと情報端末からプリントアウトされた部員別のスケジュールメニューを沙希江に手渡した。
「うん、ありがとう。それじゃあ部活がおわってから署にいくから」
「わかった。ほな、お先に」
 情報端末を手早くリュックにしまい込み、ラルは練習場を後にした。
 
 彼女が自転車置き場に向かう途中で、校門に向かって爆走するバイクとすれちがった。
 
制作費用0円、全てスクラップの部品を組み合わせて造ったかなりインパクトのあるそれの搭乗者がジャンクであるのが、ラルにはすぐに分かった。
「おー、センパイ張り切っとるわぁ。裏目に出なぁええけど…」
――独り言のように言った彼女の危惧はほどなく現実となる。――
 さて、自転車置き場である。
 整然と並んだ自転車やバイクの中から、ラルは自分のMTBを取り出すと自分の髪を手早くまとめ上げ、先端から 1/3のところをリボンで束ねる ――ラルの髪はやたらと長く、立身した状態でも足首まで届く。そのため昔、自転車の後輪に髪を巻き込んで死ぬような思いをしたことがあり、それ以来、自転車等に乗り込む前に髪をまとめ上げるのが恒例となっていた――。
 その一連の儀式を終え、ラルはMTBのペダルを勢いよく踏み込んだ。
 
 校門をとびだし、二輪車のみが許される抜け道を使い、一路MASH本部へ…。
 
 途中、全損したどこかで見たことのあるようなバイクが道端に放棄してあったが特に気にも留めず通り過ぎ、これまた勢い良く、MASHの格納庫に飛び込んでいった。
 ここまでの経過時間約20分…ラルにとっては平均的なタイムだ。
 
 ――ここまでくれば、だれでも解る事だと思うが、ジャンク、ラル、共に高校生なのである。“一般市民の健全な生活環境を整える…という義務の一端を担っている組織が一般市民である彼等二人の生活環境を侵害しているのでは無いのか”富山としてはこう考えると、どうしても彼等を呼び出すのにはためらいを禁じ得ないのである。なにしろ二人とも無償で奉仕しているのだ。労働基準局に訴えれば、不当労働行為として告訴されても文句の付け用がない環境にもかかわらず…である。しかしながら、当の本人に言わせるなら、『好きでやっている事』なのだから彼の心配は杞憂につきるのだが――。
 
「富山のおっちゃん。おまたせー」
 急制動をかけて、MTBを投げ捨てるように跳び降りながら、ハンガー内の富山に声を掛けた。
「あぁ、スマンなぁラルちゃん、実は…」
 事情を説明しようとしたが間髪いれずラルが返す。
「うん、ACNCの記事読んださかい事情は分かってる。海没した『ヴォルク』のパーツ交換とソフトの再インストールやろ?」
「ん?あぁ」
「ほな、ロッカーで着替えてくるからちょっとまっとって」
 せっかちな性格を富山の前でひととおり披露すると、さっさとロッカールームに駆け込んでいった。
「あ、そゃ、おっちゃ〜ん!」
 ロッカールームのドアノブに手を掛けた状態で富山に呼び掛けた
「あん?何かね?」
「ついでにブラックボックスの中、覗いてええかなぁ?」
「あぁ…ただし、報告書はちゃんと提出しなさい」
「おぉーきに!おっちゃん、愛してるわぁ」
 そういうと同時に、ロッカールームの中に消えていった。
 一連の動作を目の当たりにした富山はただ苦笑するしかなかった…。
 
 その直後…
 
「おくれてすんません!、バイクふっとんじゃって、すぐとりかかりますから」
 にわか黒人に変身したジャンクがそういいながら、ハンガーに駆け込んで来ると、富山が制止の声を発する間も与えぬ素早さでロッカールームに飛び込んでいった。
――十秒間の静粛――
「アホゥ!!なにさらすねんこのド助平、変態!」
 けたたましい音響と共に、哀れな姿になったジャンクが扉から弾き出された。



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