新婚旅行は、アメリカ西海岸。見合い結婚の我々に10日間のツアーは長かった。
見合いから9カ月後の二人きりの旅行だが、初な他人同士、成田からの9時間の飛行機の中で、旅行嫌いの新妻は寝るべき時間に寝られず、こっくりしては目を覚ましていた。引き寄せて肩にもたせ、ぐっすり寝させてやれたらとの衝動に駆られながらも「あなたの肩にもたれては、かえって寝られない」ことを知っているジレンマ。
ロスアンジェルスの高級ホテル・ボンベンチャーの最上階付近の部屋で、不幸な自分の運命を恨み「窓が開くなら飛び降りたい」とさえ考えた。ツアー同グループの高校卒業したばかりの女の子に和まされ、帰りのジャンボの中で「与えられた境遇を前向きに切り開こう」と決心した。
その決心から6年が経とうとしているが子供はいない。いないのが当然な時期は克服したが、子供はできない。「将来が不安だから」と新妻は私の僅かな給料の中から、我々の老後のための貯金をし、その上自分の食費を削ってまで貯めてきた養育費・教育費も、使う対象がないまま。
「病院へは行かないでおこう。自分が原因だと解った者が後ろめたくなるから」
心の中で、時には面と向かって相手を疑った。「でもその方が幸せじゃあないか。負い目を持って生きるより」
自分達の子孫が残らないのはつらい。自分達がこの世に生きたことの証がないことがつらい。
「子供はあきらめて、2年後の夏にヨーロッパへ行こう!」
私の提案に、フランス好きの妻は、ふっきれたように目を輝かせた。
フランス語を独学で勉強し、パリの市内地図をあらかた頭にいれている人なのだ。
「それよりお母さんをどこかへ連れていってやれ」
予期せぬおやじの反対は、
「おやじ!それはあなたの仕事だ!」と蹴ちらした。
教育費の貯金を増やすのはやめた。様々なお誘いを「ちょっと計画があるので」とお断りし、外食も減らした。
決心さえすれば、全てがそちらの方向へ動き出す。格安チケットを手に入れる先やヨーロッパ旅行術など、情報が向こうから飛んでくる。
チケット手配と上司へのネゴは6か月前。TC(トラベラーズ・チェック)への換金も春に済ませた。
リュックは3ウェーの大型60リッター(\21,600)と、中型の23リッター(\6,400)。日本人定番ウエストバック(1,280+2,400円也)。トレッキングシューズは掘り出し物の3,850円を2足買った。
トーマスクック時刻表は丸善で、念のためのスイス公式時刻表はスイス政府観光局へ依頼。
スイスパス、フランスバカンスパス。旅の6か国語会話集。パスポート。
パリ行が取れずフランクフルト行の航空券。
36枚どりフィルム6本。緊急毛布用のレスキューシート。固形燃料。防寒用セーターとヤッケ。
真新しいリュックに、次々に詰め込んで行く。
宿は到着日と現地出発日だけの2日分を確保。後は「地球の歩き方」の"おすすめ宿情報"に印を入れる。
7月25日火曜日。朝7:45。リュックを背負って家を出発する。
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