レイクルイーズでの3日間の生活を終えて、一路北へジャスパーへと向かう。
ぶっとい1号線からほっそい93号線の導入路へ入り、「さあ、気をいれて運転しよう」と思ったやさき、
道べりに赤い上着に白い髭を蓄えたお爺さんが立っている。
そのサンタクロースの体と顔が次第に大きくなり、眼鏡の顔が横をすり抜けた瞬間、私の心の奥の何かが、ブレーキペダルを踏ませた。
車を路側帯に寄せながら、ハニーに一言、
「乗せるよ」
もし「ダメ」と言われても、心は乗せるつもりになっていた。
「後ろの座席を片付けて!」
と言われた千紗は、既に昼寝の体制になっていたらしく「え〜」と不満の声をあげた。
赤いダウンジャケット姿のサンタさんは、大きな草色のリュックを持って、長い制動距離を急ぎ足でやって来た。
「ありがとう!トランクを開けてください」
「おっそうか」
ハニーと2人で、乱雑に真中に放り込んである我々の荷物を隅に並べ、埃まみれのリュックを入れる。
サンタさんは埃まみれのジャケットを中表に丁寧にたたみ、人の良いお爺さんの姿になって、我々の小型ポンティアックに乗り込んできた。
歳の頃なら65過ぎ。名前はビル爺さん、昔数学の先生をしていた方で、今は毎年のように、ここカナディアンロッキーへ来ている。
今回もアサバスカ川を遡り、西へ山脈超えの予定だそうな。
口髭のせいか、もぞもぞと話してくれるが、
「河原の赤い花は、ファイヤーウィード。ウィードとは役に立たない植物のこと」
「あれがインデアン・ペイントブラシ」
「ここがビックベント(大曲)」「あれがクローフット・アイスフィールド(烏足氷河)」
等々、すばらしいガイドを乗せたものだ。
「23年前の学生時代の一人旅で、お世話になったヒッチハイクのお礼のつもりなんですよ」
旅は順調に進んでいたが、途中写真だけとってやり過ごした貧相な氷河が、今回の目的地の1つ、あの大氷河コロンビア・アイスフィールドだったことに気付いた。
引き返す旨を伝え、先を急ぐビル爺さんとは、次のヒッチポイントでお別れした。
〜後日談〜
コロンビア・アイスフィールドの上を歩いた後、分かれたヒッチポイントをチェックしながら、ビル爺さんを追いかけてみたが、姿は見えなかった。帰国後の手紙のやり取りによると、すぐに車が拾ってくれ、無事に目的地につけたそうな。
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