備前 天神山城 (てんじんやま) 浦上宗景の一代限りの巨大な城跡  → 別ルート天神山城.2

<天神山城データ>
所在地岡山県和気郡佐伯町
築城年代1531年(享禄4年)
築城者浦上宗景
主要城主浦上宗景
種類、形式山城、戦国大名の居城
遺構、現状土塁、堀、城郭全域
城跡(県)史跡

 標高409mの天神山の山頂に県の史跡に指定されている天神山城跡があり、この城跡の規模は、備前では最大クラスである。 そのことは、戦国時代の一時期、備前・美作の歴史がこの城の城主・浦上宗景を中心に展開した事実を物語る。 築城の時期は、1531年(享禄4年)ごろ、浦上宗景よる。 これ以降、宇喜多直家によって備前を追われるまでの45年間、宗景はこの城で近隣の計略を進めた。 すなわち天神山城は、宗景一代限りの城ではあったが、その最盛期、宗景の勢力は備前、美作から播磨に及び、この一帯では抜きんでた実力者だった。

天神山 天神山城配置図 登山口
この山全域が天神山城跡。 東西1キロ以上にわたる城跡。 一番ノーマルな登山ルートで、天石門神社のすぐ裏側。ここから本丸まで約1キロ・40分位。
登山道 飛弾の丸 城跡からの眺め
結構険しい上り坂で、冬は枯れ葉ですべり安く、夏は、草木に覆われ、かなりの難所。周りには当時の石塁の残骸が残っている。 本丸に近い飛弾の丸跡。 南櫓台付近からの眺めで、下の川は吉井川。
本丸跡 佐伯ふるさと会館
本丸跡の広さは約30メートル四方。 天神山の麓にあるこの会館の2階に、天神山城についての資料が沢山ある。いつも自由に入館可能。

<美作・勝山合戦> (1553年・天文22年)  尼子 vs 浦上
美作に侵攻していた尼子氏と決戦するため、宗景は1万5千の兵を率いて美作・勝山に出陣した。 合戦には敗れた形にはなったが、尼子勢の備前への進出を牽制する事には成功した。また、尼子勢が出雲へ引き揚げると、奪取されていた美作南部の城を取り戻す。

天神山城落城 (1577年・天正5年)  宇喜多直家による下克上
宗景の有力な家臣であった宇喜多直家が自立し、天神山城を攻撃。しかし、城は標高409mの吉井川に臨む賢城で、力攻めでは落とせなかった。 そこで、直家は本来の智謀によって、宗景の家臣、明石某を内通させ、攻略に成功。その後城は焼き払われた。

宗景の末路 については、諸説があってはっきりしない。一説には、落城後、播磨に逃れて、後に筑前藩主の黒田氏を頼ったともいわれている。


<登城難易度> 超難 ランク10
天神山の麓より、かなりの急峻な登山道で距離も長い。Pスペースは国道374号線脇の天石門神社付近に約5台、佐伯ふるさと会館に約3台。その他道脇多数。

<登城メモ> (2001年2月)
この城跡への登城は、相当きつい。(女性や子供ではちょっと無理かな?)
この山に入るには、かなりの装備と覚悟が必要。 やっとの思いで本丸跡までたどり着くと、そこで満足してすぐに引き返してしまったのが少し残念。 上の配置図にもあるように、巨大で、多くの城郭の遺構が残っているので、その道の好きな人には一押しの城跡。

2001年4月より和気「美しい森」からの別ルート完成 →天神山城.2を参照。


<付近の一押し観光スポット> 和気藤公園

天神山城跡より南へ車で10分ぐらいの所に和気藤公園がある。 7000uの芝生の敷地に、幅7m、面積3500uの藤棚が配置されていて、全国の著名な藤が約100種類ある。見頃は5月上旬。 開花時期の入場料は300円。その他の時期は無料。
ちなみに、この公園は、和気町で誕生した和気清麻呂の生誕1250年を記念して造られた。


<交通> 地図 JR山陽本線和気駅から約10キロ。山陽自動車道・和気ICより国道374号線で北方面へ車で10分。登山口から本丸跡まで徒歩で約40分。

[岡山・登城リスト] [岡山・古城リスト]