備前 乙子城 (おとご)    宇喜多直家が最初に築いた城

<乙子城データ>
所在地岡山市乙子
築城年代1544年(天文13年)
築城者宇喜多直家
主要城主宇喜多氏
種類、形式山城、有力武将の居城
遺構、現状土塁

 宇喜多直家が当時の備前覇者・浦上宗景(天神山城主)に仕えていた頃、赤松晴政と戦った播州の合戦(1543年・天文12年)に初陣し、兜首をあげたのを皮切りに武勇を重ねた。 これによって、乙子周辺の300貫分の領地を与えられるとともに足軽30人を付けられ、乙子城を最初に築いた。直家はこの時まだ16歳の若さであったが、この城を足がかりに備前の覇者の道を歩んでゆく。

左の写真は南の児島湾沿岸から見た乙子城跡。標高40m位の小さい山である。

本丸跡へ登る道 本丸跡 城跡からの眺め(西側)
距離は無いが、結構きつい登り。途中に神社があり、そこが二の丸跡で頂上が本丸跡。 広さは、20m四方ぐらいで、小さな公園になってはいるが、長いこと誰も立ち寄った形跡は無い。 西側は直ぐ吉井川。南は児島湾。


  当時この乙子城のある地は、浦上宗景の領地の中では一番西南に位置していた。川の対岸は、浦上氏の宿敵松田氏の影響下にあり、児島湾を隔てた児島半島には四国から細川氏の勢力が及んでいた。 つまり、直家は浦上氏勢力圏の最前線に配置されたわけである。沿岸だけに、海賊の襲撃もしばしばだったが、こんな条件下でも直家は、5年間この城を守り、その後加増されて新庄山城に移り、さらに沼城の城主になると、完全に浦上氏から自立していく。

右は当時の位置関係
中央の乙子城から東側が浦上氏の勢力圏。


<登城難易度> 普通 ランク3
山の麓から長さ約100m位の結構きつい階段。(麓の道路脇Pスペース約10台)

<登城メモ> (2001年2、10月)
城跡からは、吉井川や児島湾が見下ろせるが、当時はこの川や海からの海賊の襲撃に、若い頃の直家が必死で戦っていた事が多少はうかがえる。


<付近の一押し観光スポット> 神崎梅園

乙子城から数百メートル東側には神崎緑地と呼ばれる広大な公園があり、これに隣接して神崎梅園がある。 神崎梅園では、数百本の紅梅、白梅とが楽しめる他、見頃の時期には、神崎梅まつりが開かれ様々な催しが行われる。

 見頃は3月上旬、入場無料。


<交通> 地図 JR赤穂線西大寺駅から城跡まで3キロ余。両備バス南回り牛窓行きなら神崎口停留所が一番近い。ここから城跡まで西へ1キロ余。

備前覇者・宇喜多直家ゆかりの城
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