「良いザマだな」
卓上に腰掛け脚をぶらぶらさせながら、曹操はよく通る声で皮肉っぽく言った。
診療所の筵(むしろ)の上には男が五人、同じ格好に並べて座らされている。そして曹操少年が何か言うたびにビクビクと身体を強張らせた。彼らは全員目に薬草を染ませた布を巻かれている。曹操が報復として瞼を切り取った男たちである。
「ねえ華佗先生!やっぱり気が変わったんですよね。こいつらみんな郊外に捨ててくることにしたんですよね!」
曹操はことさらに声を高くして言った。
「やめろ・・・!」
男たちは身をよじった。彼らの顔面から一斉に血の気が引く。曹操は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「曹操、いい加減に彼らを苛めるのはよしなさい!まだ気が済まないのか。だいたい少しは手伝おうという気はないのか。おまえが怪我人を増やしたんだろう。それと、机の上に座るのはよしなさい。器具が落ちる!」
華佗はてきばきと処置を施しながら怒鳴った。診療所は怪我人・病人でごったがえしている。
「・・・落としてないもん」
曹操は上目遣いにぼやいた。
「先生、この悪ガキをなんとかしてくださいよ」
男の一人が哀れっぽくわめく。無視。誰も相手にしない。
「・・・フン」
曹操は冷たく一瞥すると机から飛び降り、勢いよく助走をつけて男たちの上をヒラリと跳び越えていった。突然の影におののき身を伏せる男たち。
「曹操!こら!」
華佗の声が届いてか届かずか、走り去る曹操の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
(だんだん扱いづらくなってきおる)
しかしそれは好いことのようにも思えた。昨夜ひとしきり泣いて曹操は少しすっきりしたようだ。そういえばあの時から華佗は曹操を姓名で呼んでいる。曹操は華佗に平気でタメ口をたたく。まるで親子のようではないか、と華佗は苦笑する。

ひと段落して華佗が休憩室を覗いてみると、やはり曹操は雷鳳の籠の側にいた。昨夜座り込んだのと同じ場所に背中をもたせかけ、脚を前に投げ出してスヤスヤと眠っている。華佗が近寄っても目覚める気配はなかった。疲れているのだ。
(まったく・・・)
華佗はよどみなく湧き起こる父性としか言いようのない感情に少々閉口しながら、つくづく曹操少年の寝顔に見入った。こまっしゃくれた表情さえなければ、それは他愛ない子供の顔そのものだった。まるで少女のようだ、と初めて華佗は思った。まだひとつの傷もついていない滑らかな白い肌。目尻にはほんのりと天然の紅が差す。柔らかな輪郭はまだ男になっていない。微風がほつれた黒髪をなぶる。・・・・・・

少し迷ったが、寝台に移そうとして華佗は曹操の身体を抱き上げかけた。すると曹操は突然身をひるがえし、華佗との間合いを二三歩取り身構えた。その時一瞬見せた表情は、さっきまでの寝顔からは想像もつかないくらい豹変していた。鍛え抜かれた刀剣の一閃のきらめきのような鋭さ。隙の無さ。子供の顔ではない。華佗は少なからず傷ついた。身構えた曹操の右手は、確かに携えていた刀の柄にかかっていたのである。
「ああ・・・」
すぐにきょとんとした表情になって曹操は辺りを見廻した。
「悪かった。知らぬ間に眠っていたんだな。華佗、気にしないでくれ。癖なんだ」
曹操は額の汗を拭いながら、しかしまっすぐに華佗を見て言った。
「驚いた」
華佗は深い溜息をついた。
「癖なんだ。オレが眠っているときは近付かない方がいい」
曹操は鳥篭を開け雷鳳を抱いて出した。そして愛しそうに頭を撫でほおずりしながら、
「雷鳳もだいぶ良くなったようだ」と言って微笑んだ。

(どうやら俺はこの少年を甘く見ていたらしい・・・)
華佗は曹操に対する認識を改める気になった。確かに擦れてはいない。むしろ純粋すぎるほどだ。しかし彼は万人にとってあまりにも危険すぎる。子供だからなおさらに・・・。鋭い眼差しで真実を見抜くが、それで少しでも彼に嫌悪を与えようものなら、そのものはあっという間に粛正されてしまうだろう。彼の理性と感情は渾然一体となって透き通り、音も無く殺すだろう。なんのためらいも後悔もなく・・・。
そう、彼は切れすぎる刃なのだ。

華佗がそのことを思い知らされるまでに、さして時間はかからなかった。




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