宮中の私室に残業を持ち込んだ曹操は、卓に向かったままウトウト居眠りしていた。
夜も更けて火皿の油も切れかけている。周囲に人影はない。風もないのにゆらり、灯芯の炎が揺れた。
コトリ・・・。
コツ・コツ・コツ・コツ
廊下に足音が響く。どの方向から歩いてくるのか判別がつかない。キィ・・・。微かに扉が開く。扉の一寸外は完全な闇だ。
・・・ああまたふらりとやってきおる。こっちは仕事中だというのに。でも来てくれて嬉しいよ。
足音は遠慮なく部屋のなかに入ってくる。コツ・コツ・コツ・コツ・・・
書棚の前で立ち止まる。埃よけの麻布がふわありとめくれあがり、またもとに戻る。
コツ・コツ・コツ
足音はゆっくりと曹操に近付く。そしてそっと彼の肩に手をのせる。ほんの少し、悪寒が走る。かまわないさ。
な、奉孝・・・・・・。
ったく。うたた寝するくらいならさっさと切り上げて寝ちまえばいいじゃないですか。そんなんで居眠りして、風邪ひいても知りませんよ!
おまえに言われたくはないな。だが、まあ、正論だ。明日は〔業β〕に移動だから今夜中に仕上げてしまおうと思ったんだが。どうもいかんな。もう徹夜はできないよ。
そりゃ主公だってもう若くないんですから、少しは自重してもらわないと。意地でも麻薬に頼らないんですから、徹夜が無理は当然です。
・・・あれは昔ひどい目にあったことがある。
ま、そのほうがいいですけどね。
奉孝、おまえはこういうとき手伝ってくれたためしがないな。
なんでボクが主公の仕事しなきゃならないんですか。ボク残業ナシなんです。手際いーから。
その余力を少しは家庭に注いだらどうだ。
あ、おおきなお世話! 郭奕いい子でしょ? ボクの教育のたまものですよ。
よく言う・・・。チビって言われたぞ。十数年ぶりに耳にする言葉だ。
正直なんです。
・・・・・・。人の身体的欠点を言うのはやめよう。
でも郭奕いい子でしょ?
まあな。
南征するんですか? 孫権だけならまだしもですが、劉備がいますからねえ。戦わずして勝つってわけにはいかんですよ。多分彼が東呉の好戦派をつっつくでしょうから。だからボクは劉備はみくびるなって言ったんですけどね。
う。あいつとはいい友人になれるかと思ったんだが。
ハァー。また始まった。なにがそんなに寂しいんですか。ボクだけじゃだめなんですか。
だっておまえ死んでしまったじゃないか・・・!
天命ですよ。仕方ないでしょ。ったく。いつまでも人恋しい子供じゃないんですから。いいかげん独り立ちしてください!
だって・・・。
なんですかそのだってってのは。じゃ、ボクそろそろ失礼しますから、ちゃんと寝台で寝てくださいよ!
行ってしまうのか・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
ああ言い忘れた。主公、ボクの姿が見えなくても気にすることないですよ。ボクはいつだって主公の傍にいるんですから。
奉孝、おまえ・・・。
覚えといてくださいね。嘉は、いつだって主公のお傍にいるんです。