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―敢えて云う。天、滅ぼすの時也。― 滅びのくに 一.
荀文若(じゅんぶんじゃく)は自分と他人の家柄について考えたことがなかった。考える必要がなかったのだ。 なぜなら彼が一点の曇りもない名門の出だったから。真の名士は、こだわりを持たない。 その上男でもほれぼれするような美しい容姿を持つ彼は、士大夫たち、なかでも清流と称するものたちの憧れの的だ。そんな彼が曹孟徳(そうもうとく)に仕官 したとき、名士を自認するものたちは少なからず驚いた。曹孟徳―曹操(そうそう)は、当時奮武将軍を自称していたが実際は何の官爵も持たなかったし、何よ りも彼ら清流たちが侮蔑してやまない濁流の出身だったからだ。濁流―すなわち曹操は宦官(虚勢された役人。主に後宮に仕える)の家の出身であった。彼の祖 父が大宦官であり、その養子の息子が曹操である。 そんなわけのわからない人物に清流のホープ荀文若が進んで仕官したことに、名士たちはそろって首をひねったのである。 彼の仕官は曹操陣営にたいへんな宣伝効果をもたらした。何よりも曹操の喜びようはすさまじかった。 その頃の曹操はまるで恋の熱に浮かされた乙女のように、何を置いても文若、文若であった。毎夜のように議論を戦わせ、そのまま同室で夜を明かした。あまり にもてらいなく喜び、平気でみだれた髪と寝顔を見せるこの七歳年上のほっそりとした主に、荀文若は奇妙な信頼感を抱いた。臣下が主に信頼を抱くというのは あるいは当然のことかもしれない。しかしそれは彼が想像していたのとはまた少し違う感情なのだ。 人間にこだわりを持たない荀文若は、あらゆるタイプの人物の才能を見出し、これと思う人材はためらわず主・曹操に推挙した。そのなかでも一風変わっていた のは荀文若と同郷の青年、郭奉孝(かくほうこう)だった。彼は髪もろくに整えず、普段着のままで曹操に接見した。世の中に対して斜に構えたところがあり不 良っぽい雰囲気を漂わせた若者は、しかし他にはない『冴え』を持っていた。独自の論点を持っていた。しばらく話したのち、曹操は満面の笑みをたたえてやさ しく郭青年の背中をたたいた。自分が推挙した人間が主に気に入られるというのは荀文若にとっても嬉しいことだった。 曹操のもとで働くのは荀文若にとって張り合いのあることだ。というのは、曹操は何かをする前に必ずしばし迷うのだ。それは優柔不断とは全く別のもので、合 理主義ゆえにあらゆる可能性を考えるために常にいくつかの選択肢があるということの迷いだった。そして彼は決まってそのことを荀文若に相談するのだ。部下 に対してかなり言い辛いこと、例えば、この戦は負けるかもしれない、弱気になっている、というようなことまで隠さず打ち明けた。その上でこうしたらどうだ ろうか、という意見を持ちかけた。 荀文若は、持ち前の冴えた頭脳で状況を判断し、最善と思われる策を進言する。すると曹操はそれに対するリスクなどを素早く計算し、納得すれば(ほとんどの場合納得するのだが)確実に行動に移す。 迷いをふっ切った主はうまくやるのだ。自分が進言したことで物事が着実に、そして飛躍的に進展していく様を見るのは面白く、快感ですらあった。 戦にかぎらない。放浪していた帝を擁護し、掌握すること。荒れ果てた都を遷都し、政治機能を再建すること。それにより人心を落ち着かせ、大義名分を手に入 れること。渦中にいるために判断を誤りそうになった主を少し離れた場所から見定め、正しい道を指し示す。ほんの少しだ。ほんの少し背中を押して差し上げる だけでいい。賢明な主はすぐにその道を見極めることができる……。 大義名分。それは、なにかにつけて「宦官の孫よ」と蔑まれる主・曹操にとって、是非とも必要なものであった。 そしてダークホース曹操は諸侯が唖然とするスピードでのし上がり、気がついたときには群雄を圧する最強の勢力となっていたのである。 ***************** 一方で荀文若に推挙され軍門に入った若者、郭奉孝も、順調に勲功をあげていた。 とにかく彼の洞察力と勘はずばぬけていた。ある人物がどういう行動をとりうるか、ほとんど直感でわかるのだ。それは特殊能力と言ってもいいようなもので、最初は半信半疑だった曹操も次第に彼の直感を信じるようになった。 品行不良。一種の問題児である郭奉孝は、やはり若い頃問題児であった曹操とは妙に気が合うところがあった。市街視察と称し、二人はお忍びで連れ立って街に 繰り出した。小柄で痩せていてこれといった外見的特徴のない曹操は、平服で街路を歩いていてもまず誰の目にも止まらない。まして中原を統べる君主にはとて うてい見えない。変装する必要もないのだ。 むしろ人々の目を引いたのは郭奉孝のほうだ。 荀文若のように美貌とまではいかないが、長身で均整のとれた体つきや、笑うとなんとも言えずチャーミングになる面立ちや、遊び慣れてかったるそうな立ち居振舞いは路行く街娘を惹きつけるのに充分だった。 二人のことはあっという間に宮中で噂になった。もっとも、噂にするまでもなく曹操はそのことを自慢話にし、全く隠そうとしなかったが。「奉孝といっしょにいるとナンパに成功する率がぐんと上がって、少々悔しいわい」などと言ってはばからない。 それで彼らが仕事の手を抜くわけでもなし、二人が親密になるのは喜ばしいことのように思えたので、荀文若は笑って話を聞いてやるだけだった。 ただ幕僚のなかでもきまじめな連中、とりわけ陳長文(ちんちょうぶん)などは、郭奉孝の品行の悪さをたびたび朝廷で起訴した。郭奉孝は曹操に気に入られて いるという強みもあって、相変わらずのラフな格好で腕組みをしたまま「フフン」と鼻で笑ったりする。それがまた実に粋に決まって見えるものだから、実直な 陳長文は余計にガマンがならないのだ。 「フム」と案外な真面目な顔つきで曹操は言った。 「確かに奉孝の行いは誉められたものではない。弁明の余地もない。だが彼は貴重な仕事をする、わしにとっても天下にとっても欠かすことのできない人材だ。 もし彼が仕事をおざなりにしてそのような行いに耽るようであれば、とうてい許せることではない。わしは彼を罰しなければならぬ。だが彼の場合はそうではな い。では、こうしよう長文。お主はこれからも奉孝のことをよく見ていておくれ。そしてもし彼が仕事を怠けるようであれば、改めて彼を起訴するがよい。わし は彼を厳罰に処しようぞ。これまでの彼の行いについては、彼の仕事に免じて猶予してやっておくれ。わしはお主のその公正さをかうよ。これからもその姿勢を 変えることのないようにな」 思わず頬を赤らめて顔と顔とを見合わせてしまう郭奉孝と陳長文であった。 |