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クーリーとフリュイは、馬を駈って北へ向かった。 北にはゴイの城がある。ゴイの城は、前の前の王朝の都だった。一代で王朝を築いた勇ましい王の治めるそれは立派な城だった。だが今は、人影の絶えて久しい廃墟である。 幼い頃から王朝の物語をたくさん聞いて育ったクーリーとフリュイは、子供時代に一度だけ、ゴイの城を見たことがあった。砂漠に揺らめく蜃気楼として。その時に約束したのだ。いつか二人で馬に乗って、本物のゴイの城を見に行こうねと。 凛々しい少年に成長した二人は、約束をかなえる旅に出た。 故郷を発ってからまる二十日。陽の光がわずかに西に傾いた頃、黄色い砂塵の向こうに城壁の影が見えた。 影は蜃気楼のように空に淡く霞んで見えたが、蜃気楼のように遠ざからず、しだいに迫って視界に広がり、地平と空を覆いつくした。 巨大な城門はぽっかりと口を開き、真っ黒い影を落としている。クーリーとフリュイは馬に乗ったまま、恐る恐るその影に呑まれていった。影の向こうには、白い光が待ち受けていた。眩しすぎて、最初はなにも見えない。 やがて光の中から浮かび上がるように、二人の前にいにしえの都がその姿を現した。 城壁の中は、想像以上に荒廃していた。 石造りの壁はいたるところが崩れ落ち、建物の輪郭をあいまいにしていた。壁に手を触れると、砂化した表面がサラサラと剥がれ、風にさらわれ空気にまぎれた。木製の柱は黒く朽ちて痩せ細り、魚の干物のようになっていた。精緻な模様の飾り窓が吹き寄せた砂に埋もれていた。 それでもクーリーとフリュイは嬉々として、廃墟の街を駈け回る。 大通りから小路へ。小路から塀の中へ。枯れた井戸を覗き込み、瓦礫を飛び越え、家々を探検する。 砕けた陶器のかけら。砂の詰まったかまど。紐の切れた竹簡。乾ききってひび割れた浴場。 家の中は、人々の生活の名残が息を止め、ひっそりとうずくまっている。 クーリーとフリュイは馬から降り、それらをそっと指先でなぞった。 それから二人は市街を抜け、城の中心へと馬を走らせた。 ゴイ城には王の権勢を天下に知らしめるために建てられた、一対の巨大な楼台がある。 数多くの歌人に詠われた、伝説の楼台。それが今、現実のものとして二人の前にそびえていた。 走っても走っても、楼台はなかなか近付かなかった。そこに至るまでには、いくつもの広い石の階段を昇らなければならなかった。 ようやくひとつ目の楼台の下まで来た時には、もうかなりの高さまで昇っていて、街が遠く小さく見えた。ぐっと背中をそらして楼台を見あげると、二人は笑いだした。ついにこの目で見た。ずっと憧れていた場所に、とうとう辿り着いた。手綱を操りくるくると回りながら、涙が出るほど笑った。 その時だ。 「危ないぞ」 声がして、振り向いた。するとそこに男が立っていた。蒼い服を着て上品に髭をたくわえた、小柄な男だ。腰に黒鞘の長剣を携えている。 見ると、本当に危ないところだった。脚元の石段が脆くなって崩れかけている。 「向こうに馬留めがあるから、ここより先は歩いて行くがよかろう」 男は言うと、楼台の中へと消えていった。 ふいに、ほら貝の音が長く尾を引いて空に木魂した。そして、腹の底を突き上げるような太鼓の音。 「クーリー、あれ見て!」 フリュイが指差した先には、漆黒の鎧を纏った軍隊が整然と隊列を組み、見渡す限りの広場を埋め尽くしている。兵士たちの掲げ持った矛が陽の光を反射し、真紅の旗が折り重なるように風にはためいていた。 と、突然馬が棹立ちになり、フリュイは振り落とされた。 「フリュイ!」 叫んで馬を降りかけたクーリーも、猛然と駆け出した馬に弾き飛ばされる。 次に数え切れないくらいの人影が、馬を失った二人目がけて押し寄せてきた。二人は慌てて楼台の中に走り込んだ。すると荒廃しているはずの楼台の壁という壁に、次々と蝋燭の灯りがともっていった。それに伴い、鮮やかに彩られた天井や床が照らし出される。さっきまではいなかったはずの人影がざわざわと出てきては、忙しそうに辺りを行き交う。人影のなかには着飾った女官のような姿や、冠を被った士大夫のような姿もある。 クーリーとフリュイは固く手を握り合っていたが、階段を行き交う人に押されてついにはぐれてしまった。 クーリーはひたすら階段を昇り、楼台の最上階に出た。そこから、もうひとつの楼台へと続く回廊が空中に渡されている。回廊からは昼間のはずなのに星が見え、篝火がいくつも燃やされていた。 「宴だ!」 声がした。それに唱和するように、大勢の声が続いて響いた。 「宴だ! 乾杯!」 回廊に集うたくさんの人々。その中心で杯を掲げ持っているのは、さっき楼台の下で声をかけてきたあの男だ。 クーリーがその中に混じって呆気にとられていると、後ろからぐいと腕を掴まれた。 「若いの、宴だ。おまえも飲め」 武将のような体格の良い男に無理やり杯を持たされる。クーリーはにおいをかいでから、一息に杯の中の液体を咽喉に流し込んだ。 「なかなかよい飲みっぷりだ、若いの」 男はクーリーの背中を叩いて豪快に笑った。 琴と笛の音が響き、羽衣を纏った長い袖の妓女が舞う。見たこともないくらい大きな金属でできた楽器が打ち鳴らされる。焚火でこんがりと焼きあがった豚の丸焼きが切り分けられる。 そして、あの小柄な男が再び皆の中心に立った。急にざわめきが静まる。 「王がお謡いになる」 杯をくれた男がそっと教えてくれた。 小柄な男――王は、はじめひそやかに、しだいに朗々と謡いはじめた。 やがて皆で一節ごとに王の声を追いかけ、大合唱となる。 意味のわからない古代の言葉もあったけれど、クーリーも皆を真似て謡った。 歌声は星まで届きそうなほど広々と響き渡った。 ――あれは星かしら。 空に閃く白い光を見てクーリーは最初そう思ったが、それはひらひらと舞い降りてきて、石畳でぽうと解けた。雪だった。 「ああ、もう降ってきおった。宴はおしまいじゃな」 王が淋しげにつぶやいた。 「致し方ないですな。雪が降れば宴は終わる約束ですから」 「さようなら」 「今宵は実に楽しかった」 「また皆で謡いましょうぞ」 人々が口々に言いあうなか、雪は次々に降ってくる。 降りしきる白に景色は侵食され、だんだん前が見えなくなっていった。 何も見えない、真白い空間。 そう思ったが、ぼんやりとした景色がゆっくりと浮かび上がってくる。 街を見下ろす楼台の一室、寝台に横たわった王が窓の外を見ている。すっかり老いて、痩せ衰えた王。傍らには、ひとりの側近が付き添っていた。 「雪が降ってきた」 王がひとことつぶやく。すると側近は静かに微笑んで言った。 「雪でございますね」 だがどんなに目を凝らしても、窓の外に雪は降っていなかった。 冷たい風が頬に当たり、クーリーは目を醒ました。ガバと起き上がり、辺りを見回す。すぐ横にフリュイが寝ていたことで、クーリーは落ち着きを取り戻した。フリュイもすぐに目を醒まし、驚いた様子で起き上がった。二人が寝ていたのは楼台の真下だった。崩れかけた石段が見える。 「あそこに、いたよね……?」 楼台を見あげてフリュイがつぶやいた。二人は同じ場所にいたらしい。クーリーもフリュイと共に見あげる。夕映えに照らされて、それは見事にあかあかと輝いている。だがあちこちの壁が剥がれ落ち、その建物がながい時を経て荒廃しているのは明らかだった。 どこまでが現実で、どこからが夢だったのか。 馬は二頭とも男の教えてくれた馬留めにきちんと繋がれていた。 「俺たちを歓迎してくれたのかな……」 フリュイが言った。 「ねえ、クーリーはこの話覚えてる? 晩年になって病の床に伏した王は、いろいろな幻覚を見るようになった。ある日、王が窓の外を見て『雪が降ってきた』って言った。そしたら傍に控えていた軍師が『雪でございますね』って応えたんだって。でもその日は夏で、雪なんか降っていなかったんだ」 |