6 四幕目 第一場 山名家奥書院の場 幕が開くと、舞台は管領・山名家の奥書院あたりです。花道から渡辺外記左衛門が、懐に鬼貫や弾正の悪行をしたためた願書を抱いて登場します。広い屋敷の中を迷っていると、侍たちが通りかかる。願書を取り次いでもらうよう懇願するが、誰も相手にしないばかりか、追い払おうとする。御簾の中から管領・山名持豊の声が、「騒がしい。持豊が事を正さん」と。御簾が上がると、持豊が「そのほうが国家老・渡辺外記左衛門か、して願いのおもむきは?」。外記左衛門「鬼貫、弾正の悪行をこれなる願書に」と差し出そうとすると、上手より大江鬼面が登場して「外記、誰が許してこれへまいった」。「やや、鬼貫、何ゆえここへ」。「日ごろ山名公とは昵懇の身」。持豊「これこれ鬼貫。管領の身として訴えは取り上げざるをえまい」。鬼貫に「取るに足らない訴え。捨ておかれませ」と言われて、退けようとする持豊に、外記は「こうなればいっそ将軍家に直接訴えを」。慌てた持豊は、家来を通じて願書を受け取り一読する。「こりゃゆゆしき訴え」。鬼面に「こりゃ鬼貫、そのほう覚えがあるか?」。鬼貫「いっこうに覚えがございません」。持豊「いかに外記!国家老の要職を放置してなぜ訴えた。人の非を挙げるより己の身を正せ。お上を騒がす無礼者」。鬼貫と目で合図を交わし、家来に「その願書、捨てさせい」。家来が外記から願書を奪おうとするそのとき、花道から、「待とうぞ、待とうぞ」の声。持豊と同じく管領職の細川勝元が登場する。やさしいまなざしを外記左衛門に送りながらも、口では「この田舎者が無礼をいたしたことであろう。今日は許す。以後はきっと慎めよ。この無礼者めが」と言いつつ、持豊には非礼を詫びるポーズを取る。「これは勝元殿。何用あってここへ?」と持豊。勝元は、「急いで尊公へ確かめたいことがあって、来てみればこの有様。して、外記左衛門、いかなる訴えか?」。外記が事情を話すと、持豊「すでに裁断はくだされた」。勝元「同僚の拙者の知らぬこと。はてなー。何はさておき事落着とは大慶至極。それにしても、はるばる国よりまいりし外記左衛門。不憫よなあ。その願書、これに持て」と外記から願書を受け取り読み終えて、「こりゃ鬼貫、そちゃ何用あってここへまいった」。「持豊公へご機嫌伺い」。「これ以後おいでご無用」。鬼貫「さりながら訴えのこといっこうに覚えがございませぬ」。勝元は鬼貫に向かって、「頼兼の郭狂いをそちは承知していたか?」。鬼貫「拙者こと、家の後見職ながら、頼兼の郭狂いいっこうに存じません」。勝元「黙れ、知らぬとはその身の役の怠りと申すもの」。「いかに後見職でも一人で内外のことすべてを知ることなどできませぬ。存ぜぬことは存じませぬ」。「そなたは大家の後見を務めるほどの身なれば大器量人と聞いたが、知らぬとあらば愚か者じゃの。例えて言おう。今この扇子を幕府の重宝だとしてそなたに預けたとして、その重宝を盗まれたらどうする?」「責任を取って切腹したす。才たけた勝元公とも思えぬ仰せ」「器物の類いさせさえそちゃ切腹いたすと申したのに、預かりし主人の身持ち放埒を存ぜぬ知らぬ。いかに何者かの讒訴にしても、その身の役の及ばざると、なぜ責任を果たして切腹いたさぬ。なぜ死をもっては諫めぬのじゃ。人は見かけによらぬ愚かしい者じゃ。例え話を申そう。かの虎は猛獣の司、あまたある獣の長。あるとき狐を捕らえてただ一噛みに食らわんとすると、狐が言うには、自分こそ獣の長。疑うなら汝の先に立って歩くゆえ、わが威勢を見るがいい。狐は虎の先を悠々と行く。道では諸々の獣が狐の後を来る虎を恐れて身動きもしない。狐は、どうじゃどうじゃとまんまと虎を騙す。汝はその狐じゃ。その狐の言うことを、そこらあたりの虎殿がうかうか聞いてたぶらかされるとは…」。持豊「長々しい虎の講釈、退屈いたした」。勝元「こりゃ失礼いたした。鬼貫、かようなことをわきまえぬそのほうに五十四郡の後見などとは、おぼつかなき次第じゃのう。本日は評定の日にあらず。ましてや相手方の弾正もいない。追って理非直情は双方揃いし上、対決の席上で」。改めて心から礼を述べる外記左衛門。勝元「こりゃ外記、王道に親疎なしとの古諺。勝元よく心得おるぞ。いや何、山名殿、まことや人の上に立つ者は慈悲公平が第一。深山育ちの草木もうろの恵みで育つことわざ、水は縦には、(チョン)流れませぬなあーーーー」と大見得を切って幕。 以前の「御殿の場」とこの場は、早変わりがなく、猿之助がたっぷり政岡、勝元を演じきります。 |