自叙伝06-02
【横浜総会】
1992年のアドラー心理学会総会は10月9日~11日に横浜で開催されました。会場は「開港記念館」です。スマイルリーダー養成講座やカウンセラー養成講座でご一緒した方々もいらっしゃって、前年よりもグッと親しみを感じました。
初日の野田先生の基調講演は、「土着思想と反土着思想」という哲学的な内容でした。私は大学の専攻が「倫理学」でしたから、難解な内容でしたが何とか理解していけました。カウンセラー講座でご一緒だった岸見一郎先生はギリシャ哲学がご専門で、「面白かった」とおっしゃったのも当然です。
続くシンポジウムでは、熊本の柴山先生や、岡山大学の山口先生が登場されました。このころは、大学の先生のアドレリアンにかなりたくさんいらっしゃいました。その後ほとんど去って行かれて、現在は中島さんの他にごくわずかだと思います。
2日目は、外国人講師ハロルド・マッカビー先生の講演と事例発表がありました。マッカビー先生の講演はもちろん全部英語ですが、野田先生の同時通訳のおかげでよくわかりました。マッカビー先生は、マカベ(真壁)先生の愛称で親しまれ、東京と大阪で講演されました。私は大阪のを受講しました。残念なことに、その数年後、先生はお亡くなりになりました。
日程が終わってから、私は東京へ出て、歌舞伎座の夜の部を観ました。途中入場でしたから、幕開きの演目である團十郎の「勧進帳」はすでに終わっていて、席に着いたときは、片岡孝夫(現・仁左衛門)の舞踊「二人椀久」の最中でした。色事のために勘当され、紙衣(かみこ:紙でできた着物)姿の乞食になってさまよう椀屋久兵衛が、うたた寝をしていると、なじみだった遊女・松山太夫が現れて、しばらく2人で踊りますが、夢が覚めて、1人に戻りまたさまようというストーリーです。松山は玉三郎だったような気がします。
キリは、『雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりあぜみち)』、有名な「直侍と三千歳花魁」のお話です。直侍こと片岡直次郎(=市川海老蔵)は、詐欺、ゆすり・たかり(恐喝)を常習とする無頼の人物で、河内山宗俊の仲間でした。その直次郎が悪事の末、追い詰められ、江戸を逃れる前に恋人三千歳に別れを告げようと、入谷の雪道を辿ります。
#蕎麦屋の場
まず、直次郎を探している捕り手たちが、そば屋に寄って蕎麦を食べて、捕り手がいなくなったところに、花道から直侍がやってきて、蕎麦屋に入ります。座敷に座った直次郎が、「すっかり冷えた」と股火鉢をして、股間を温めます。熱燗で一杯飲んで休んでいると、按摩の「丈賀(じょうが)」がやって来て蕎麦を一杯食べます。丈賀と店の亭主の会話で、直次郎は恋人の遊女の「三千歳(みちとせ)」の今の境遇を知ります。直次郎は、ずっと三千歳の「色」=恋人、ヒモでした。しかし直次郎が本格的にお尋ね者になってしまったので、もう何か月も会っていない。寂しがった三千歳は体調を崩し(今で言うと鬱病か)、遊郭の寮(別邸)で養生しているらしい。これを横で聞いた直次郎は、三千歳に手紙を書くことにします。亭主に硯を借りますが、顔が見えないように手ぬぐいで隠して、カラカラに乾いていた筆が手紙を書く途中で筆が折れたり、仕方なく爪楊枝で書いたり、ここは芸の細かい芝居です。江戸の場末のさびれたそば屋、ちょっとやさぐれた色男のワケありな風情と、その緊張感みたいのが凝縮されています。
#入谷畦道の場
丈賀と直次郎は知り合いです。丈賀は按摩で、目が見えないから直次郎には気づかない。気づかれて「直次郎のだんな!! 」と言われても困るので、直次郎は外で丈賀を待ちます。「寒いー」。お尋ね者はつらい。丈賀に手紙を届けてくれと頼む。引き受けた丈賀は按摩の笛を吹きながら雪の中を去って行きます。
花道を引き上げようとする直次郎は、今度は昔の仲間の「暗闇の丑松(くらやみのうしまつ)」という弟分に出会います。丑松も悪事が過ぎて逃げるところです。上州あたりに行くつもりで、すでに逃亡の旅の途中です。せっかく会ったので、一杯やって名残を惜しんで行きたいが、あるのは蕎麦屋だけ。気の利いた「(酒の)あて」もないから飲んでもつまらないと、直次郎は退場しますが、丑松がここで悪いことを考えます。直次郎のことをチクれば罪が軽くなって江戸にいられるかもしれない。迷っていると、蕎麦屋の亭主が「隣の家の木戸が開いているぞ、無用心だから知らせてやれ」と言う。「知らせてやれ」「知らせてやれとはいい辻占(つじうら)」。「辻占」は四ツ辻(交差点)に立って、聞こえた言葉で吉凶を占うもの。直次郎を訴人する決心をした丑松が退場します。
#大口寮(おおぐちりょう)の場
「大口(おおぐち)」は三千歳が雇われている遊女屋の名前です。寮はその「大口屋」の「別邸」のこと。直次郎が雪の中、花道から登場。名残に三千歳に会いに来ました。雪道らしい器用な歩き方をします。禿(かむろ)の2人が直次郎に気づく。喜んでこっそり中に招き入れます。それを丑松が見ていて、そっと退場します。
遊女屋の寮で、塀や門、植え込みの松も気が利いている。雪景色の良い風情。そっと忍んでくる男、黒い紋付の着流しで。清元連中が上手(かみて)に現れ、寮の中で誰かが三味線を弾いているという設定ですが、これがお芝居のBGMになっていて何とも粋な演出です。
#三千歳部屋の場
清元の名曲「忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)」の旋律で展開して行きます。男は犯罪者で追われる身、三千歳(=先代・中村雀右衛門)は気鬱の病に伏している。
♫ 三千歳「僅か離れて居てさへも-」(客席から「京屋ーっ!」の声)、(清元連中が受けて)一日逢はねば千日の、思ひに私や(わたしゃ)患ふて針や薬の験(ききめ)さへ、泣きの涙に紙ぬらし、枕に結ぶ夢さめて……
女は男と一緒に逃げることなどできないと知りつつも、連れて行ってくれとせがみます。
どうすることもできない悲しい恋。情緒ある清元に乗せて、濃艶にくり広げられる2人のはかない歌舞伎の名場面です。
9時くらいに芝居ははねて、宿舎のホテルのある横浜の「鶴見」まで京浜急行で帰りました。この年までは総会は合宿形式でなく、通いでした。
最終日の3日目は「分科会」でしたがほとんど忘れました。歌舞伎はこんなにも覚えているのに(笑)。