戦犯
2001年08月13日(月)

 まだ長岡にいて、午後の飛行機で大阪に帰る。午前中、駅の近くにある『山本五十六記念館』というところに行ってきた。展示品は、めずらしいものとして撃墜されたときに乗っていた一式陸上攻撃機の翼の一部があるほかは、手紙や揮毫(きごう=毛筆で何か言葉や文章を書くこと)が主で、他に写真が少しある程度だ。それはそれなりにきわめて興味深かったが。
 帰り道、ふと、小泉首相の靖国神社参拝に対して外国が反対理由のひとつに、「靖国神社にA級戦犯が合祀してある」ことをあげているのを思い出した。もし山本提督が終戦まで生き残っていたら、連合国は彼を戦争裁判にかけて戦犯にしたのだろうか。前線司令官にすぎないから告訴はしなかったのだろうか。もし裁判にかけたら、死刑にしただろうか。あるいはしたかもしれない。
 もうすこし連想が広がって、極東軍事裁判がおこなわれなければ、東条首相はどうしたのだろうか。日本国民は彼を死刑にはしなかったと思う。終戦時に自決しなかったのだから、ずっと生きていたのだろうか。乃木大将のように、明治天皇崩御のときに殉死したのだろうか。
 私が言いたいのは、戦犯ということに戦勝国であった外国がこだわるのは理解できないことはないが、日本人は東条首相を裁判にかける気もなかったし、まして死刑にする気もなかったのだから、日本人が彼を「戦犯」として扱うことはないということがひとつだ。もうひとつは、戦死した山本提督を戦没者に数えるのは当然だが、刑死した東条大将を戦没者に数えるのはおかしいのではないかということだ。もし、東条大将を戦没者だというのであれば、極東軍事裁判は戦争であったことになる。あの裁判は不当なものであったと私は思うが、かといって戦争であったとは思わない。だから、戦犯として死刑にされた人たちは戦没者でないし、したがって戦没者として祀られる資格があるとは思わない。



発声
2001年08月14日(火)

 昨日のことだが、朝起きたとき、なんとなく咽喉の具合が悪くて、ちょっと風邪みたいだった。ホテルにいたのだが、TVをつけてあちこち見ていると、フィッシャー・ディースカウ(ドイツのバリトン歌手)がドイツリートを歌っていた。1960年代の古いフィルムだ。なんとなくそれを聴いていた。それが終わってホテルを出たが、咽喉の具合がよくなっていて、それどころか、まるで発声練習をしたみたいに、声がよく出ることに気がついた。
 今日、歌を歌う友人にその話をしたら、彼女もそういう体験はあるという。しかし、相手の歌手によるので、クリスタ・ルードヴィッヒなどだと咽喉の調子がよくなるが、キリ・テ・カナワ(ソプラノ)を聴くと、かえって具合が悪くなるという。
 大阪大学の精神医学教室にいらっしゃった志水彰先生から、黙読している人の筋電図をとると、筋電図が出ない人は音読より速い速度で黙読でき、筋電図が出る人は音読と同じ速度でしか読めない、という話を伺ったことがある。これと同じようなことが、他人の歌を聴いているときにもおこっているようだ。つまり、発声に関係する筋肉が、無意識のうちに運動して、発声練習になっているのだ。それが、クラシックのボイス・トレーニングを受けたことがある人だけにおこるのか、そうでなくて誰にでもおこるのか、ちょっと興味がある。



戦犯(2)
2001年08月15日(水)

 お盆の法事があったので、実家へ帰った。法事が終わった後、昼食を食べながら、母と靖国神社のことをいくらか話した。彼女は、A級戦犯の合祀には賛成だという。理由は、国民は彼らを殺す気がなかったのだし、連合国が無理やり裁判して殺したのだから、戦死と同じことだし、戦死した人と区別する理由がないということだ。
 靖国神社の祭神の中に坂本竜馬がいるのは以前から知っていたが、吉田松陰もいるのだそうだ。たまたま産経新聞があったので読んだら、たしかにそう書いてある。坂本竜馬は戦時中に死んだわけではないが、敵方のエージェントに暗殺されたわけだから、戦死者といえばいえなくはない。しかし、吉田松陰は裁判で死刑判決を受けて刑死したわけだ。そういう点では、東条首相ら、A級戦犯と同じだ。そうなると、一昨日書いた、「戦死した山本提督を戦没者に数えるのは当然だが、刑死した東条大将を戦没者に数えるのはおかしいのではないか」という理屈は崩れたことになる。その理屈を通すなら、吉田松陰を分祀しなければならないことになるが、これは国民的合意が得られそうにない。くそっ、一敗してしまった。
 ついでに、「もし極東裁判がなかったら、東条首相は自決したと思う?」と母に尋ねてみると、彼女の感触では、「東条はただの官僚だから、自決しないで、いつまでも生きていたでしょう。あの人は、そんな風に責任を感じていなかったと思う」と言う。彼女は大正14年生まれで、終戦時にはもう大人に近かったから、この感触はあてになるのかもしれない。「山本元帥が生きていらっしゃれば、自決なさったでしょうがね」とも言う。それは私もそう思う。山本五十六という人は、若い人をあれほどたくさん殺して、しかも戦争に負けて、生きていられるような人ではなかったと思う。